あと3日で・・・

今週末から4週間の夏休みがはじまります。
そして週末にはぼっちゃんが1歳に。
2日間の陣痛ののちの帝王切開という、おなかいっぱいの出産からもう1年。
すでに遠い昔のことのような気がしますが、まだ1年しか経っていないんですねぇ。
今年の夏休みは夫婦そろって免許を取るため、長期間遠出したりはせず
のんびりといつもより少し余裕のある日常を楽しむ予定です。

あぁ夏休み!楽しみ!という喜びののちに・・・気づく・・・
私の産休生活も今週で終わりだということに。

毎日、日々のことをこなしていくことに精いっぱいで
空いた時間をなにか生産的なことに使おうと思うこころの余裕もなく
長いトンネルの中にいたようなこの産休生活。
こう書くと、つらい1年だったように思われるかもしれませんが
「暗中模索」という言葉がまさにしっくりくる1年でした。
トンネルの向こうの光が見えるようになった最近は、子育てが楽しいです。

で、突然ですが今日は「最近のぼっちゃん」についてちょっとまとめようと思います。

一日の流れ

6:00 起床・朝ごはん
8:00 朝寝(1時間半から2時間)
10:00  おやつ・お散歩
12:00  昼ごはん
13:00  昼寝(1時間半から2時間)
15:00  おやつ・お散歩(エス氏と)
17:00  おふろ
18:00  夕ごはん
19:00  「おやすみ」

夜は、ごくたまに泣いてミルクを欲しがるときがありますが
いちど寝たら朝まで起きないことがほとんどです。
(泣いてもミルクをあげたらすぐに寝ます)
ただ、「おやすみ」(=入眠儀式をして、部屋にひとりにする)から
寝るまでの時間はまだ日によってまちまち。
午後にしっかり遊ばせて、「おやすみ」直後には私たちの話し声が聞こえない
静かな環境をつくるようにすると、30分ほどで寝ることが多いようには思います。

ごはんはおもに手づかみ食べですが、
スプーンやフォークを使って上手に食べることが増えてきました。
食べ終わったあとも床がきれい・・・小さなことが家事を楽にしてくれます!

最近できるようになって、母の私が感動したことは
・ほしいものや本の絵を指で差す
・10分以上集中してテレビを見られる
・読んでほしい本を手渡す
・「○○は?」と本のタイトルを言うと、その本を探して見つけ、持ってくる

私が言っていることを理解している印象を受けることが多くなってきました。
そして、私たちに話しかけてくることも増えてきて、
「対話」ができるようになりました。
この双方向でコミュニケーションが取れているという感触、実感が
私の子育てにおおきな自信を与えてくれたな、としみじみ思います。
一日のリズムが確立されたいまは、いろんなことの計画が立てやすくなり
精神的に毎日の生活がずいぶん楽になりました。
これからの課題(?)は、朝寝と寝る前のミルクを減らしていくことでしょうか。

それにしても、こんなふうにぼっちゃんのことをつらつら書いていると
1年前には想像できなかった「母としての自分」が見えて
「私もなんだかんだでお母さんできてるじゃーん!」とうれしくなります。

成長は突然やってくる

6月も半ば。
日本は梅雨のじめじめした日が続いているのでしょうか。
デンマークのイェンセン家は夏休みまで、あと2週間ちょっとというところ。
いわゆる「ホリデー!」な海外旅行は日本帰省の機会にとっておいて
今年はエス氏のお母さんとエス氏の古い友人を訪ねに2泊3日の旅行をする予定です。
それに、この夏休みのメインはなんといっても自動車教習所。
詳しいことはまたの機会に書くとして、
牛歩並みの学習速度で、すでに追加の教習が決定しています。
(基本料金に含まれているマニュアル運転の技能教習は16時間です)
休み中は時間に余裕があるのでインテンシヴに教習を重ねて、
なんとか大学がはじまる8月末までには
教習所生活の終わりが見えているといいなと思います。

ところで昨日の朝、つかまり立ちをしたときと同様、
ぼっちゃんが、それは突然に、それでいてとても自然につたい歩きをはじめました。
円形のソファーテーブルに沿ってカニ歩き。
ソファーテーブルからソファーへ手を移動して、方向転換したりもします。
(ちなみにあいかわらず、はいはいはせず、基本的は移動はほふく前進です)
最近は午前中にベビーカーに乗せて外に出るだけでは足りないようで、
午後はエス氏が近くの公園や、アパートの中庭で遊ばせるようにしています。
まだ歩けないので、いろんなところでつかまり立ちさせたり、
赤ちゃんでも乗れるブランコで遊んだりするだけですが、
そろそろちゃんと靴を履かせたほうがいいなと思いはじめました。
(基本的に何でも後手後手のわが家です)

子どもの成長を見ていると、なんでも練習・助走の期間を経て
あるときに何かのきっかけで、いままでできなかったのがうそのように
自然とできるようになるものなのかなと思ったりします。
私のデンマーク語に関していえば、たしかに5年前には
日常生活で不自由なくデンマーク語を使えるようになるとは
まったく想像できませんでした。
でもいまとなっては、デンマーク語が「雑音」にしか聞こえなかったことのほうが
想像できません。
ついついできないことに目を向けてしまいがちですが
「ここまで来た」、その過程を振り返って
自分をほめてあげることも大事なんですね。

ちょっとリッチになった気分

いまのアパートに引っ越して、今年の夏で2年になります。
広めのベランダがここを選んだ決め手になったにもかかわらず
(デンマークにはベランダがないアパートが多くあります)
大学の勉強に妊婦生活と、バタバタしていて
洗濯ものや布団を干す以外になかなか活用できていませんでした。
今年こそはいい感じにするぞ!と思い立ち、
プランターと大きな植木鉢を買って、4月に葉物野菜やハーブを植えました。
IKEAでテーブルと椅子を買ったのは3月の終わり。
だまーーって見ていると、なーーーんにもしないエス氏に
梱包から出してそのままベランダに放置されている家具のことを
いつだったかの夫婦げんかで指摘したら(笑)、
やっとやっと先週末にテーブルが設置されました。

今日はそんないわくつきだけど、ベランダを「ヒュッゲリ」にしてくれる
テーブルでお昼ごはんを食べました。
ベランダに出ただけで、日常からちょっと離れられるぜいたく!
ベランダは西向きなので、午後からは日差しが容赦なく照りつけます。
紫外線アレルギーのある私には、風呂上がりのビールをベランダで…
なんてもってのほか!(いまの時期、日の入は22時すぎです)
カーディガンにストールで、のんびりランチがちょうどいいです。

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プランターに植えた野菜は、レタス、春菊、そして水菜です。
大きな植木鉢には、ルッコラ、ソラマメなど。
いまはレタスと水菜がぐんぐん育っていて、
今日の夕ごはん、ゆで豚のおともに水菜を使いました。
スーパーで買えないものが、必要なときに必要なだけベランダで手に入るぜいたく!

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お昼にサンドイッチをつくるときにも、さっとベランダに出て
レタスの葉を1、2枚摘んで使ったりします。

このなんとも言えないぜいたくな気分をエス氏に話すと
「うちの実家でも家庭菜園をやってたけど、
 お母さんはリッチになった気がするって言ってたよ」。
あぁ、その気持ちわかる!
「レタスがないなら、ベランダから摘んでくればいいじゃない」ってことですね。
リッチ、リッチ。
生産者の顔が見えるどころか、自分自身というのもまたよし。

数年前は市民農園で野菜を育てていたのですが、通うのが億劫になってしまって。
ベランダミニガーデンなら楽しく無駄なく野菜を植えられそうです。
来シーズンはデンマークでは買えない大好物、青しそも植えようと思います。

はじめての言葉・・・?

1歳の誕生日まで1ヶ月を切ったぼっちゃん。
お誕生日会も料理のメニューを決めたり、少しずつ準備をしています。
10ヶ月でつかまり立ちをするようになってからは
発達が目覚ましく、表情も豊かになりました。
笑いかけると笑い返してくれるのが、母の私にはとてもうれしいです。
もともと自分に自信がない私は、子育てにも自信が持てなくて
だから、ぼっちゃんが私のことをどう捉えているのかもわからなくて、
これまでどこか不安を抱えながらやってきました。
でも、そんな気持ちがぼっちゃんの笑顔で、スーッとなくなっていったんです。
母になって11ヶ月、やっとやっと純粋にぼっちゃんがかわいくて仕方がない!と
思えるようになりました。
いたずらをするぼっちゃんにも、「もうっ!」と思うことはあっても
これまでのように本気でイライラしたりしなくなりました。
親子の関係は、「親が子を育てる」だけでなく、
「子が親を成長させる」ものでもあるんだなと思うこのごろです。

さて、私はぼっちゃんに日本語で話しかけています。
エス氏はかんたんな日本語はできるので、デンマーク語と日本語。
ぼっちゃんのはじめての言葉がデンマーク語になるのか、それとも日本語か、
日本語だったらいいなと思いつつ、答えが出る日を楽しみにしていました。

エス氏が「ぼっちゃん、自分の名前を言ってる」と言ったのはつい数日前のこと。
よくよく聞いてみると、たしかに自分の名前を言っているように聞こえます。
ただ、なんの脈絡もなく言っているので、
おそらくたまたま覚えたのが自分の名前だっただけなのかもしれません。
名前は、ほかの言葉よりも聞く機会も圧倒的に多いし、
短い名前なのでそれも関係していそうです。

これをはじめての言葉と定義するなら
「はじめての言葉が日本語かデンマーク語か」の答えは、日本語になります。
というのも、ぼっちゃん自分の名前を「くん」づけで言っているんです!
意味も分からず、自分の名前を言いながら遊ぶぼっちゃん・・・かわいいっ!
保育園に通いはじめたら、デンマーク語を聞く機会がいまよりぐっと増えますが
日本語を話してくれるようになることを祈るばかりです。

たぶん忘れられない日になる

デンマークに引っ越して、この夏で5年になります。
「デンマーク=夢の国」と、デンマークのすべてがキラキラして見えたのもいまは昔、
北欧礼賛と言わんばかりにキラキラがあふれたデンマーク紹介を見て
「へんっ!」と思うことも多々。
住めば都とは言いますが、住んでいるからこそ見えてくるものってたくさんあります。
うれしい日も悲しい日もある。
デンマークでの毎日がすばらしいと思うときも、最低だと思うときも。

この5年弱を振り返って、あまりのつらさでいまだに忘れられない日があります。
ひとつは義理のお姉さんのバチェラーパーティー。
デンマークに来てすぐのことで、言葉もままならないまま
主役のお義姉さんしか知らないところにポンと放り込まれました。
もちろん言葉の壁にぶつかり、何が起こっているかもわからないのに
みんなと同じように笑って、楽しいふりをしたあの日は
いまでも思い出すと、なんともいえない気持ちになります。
もうひとつは、デンマーク語の語学学校に通っていたときのこと。
その日はおなかが痛くて、授業で書いた作文にも間違いが多くありました。
それを見た先生が
「いつもの作文と出来が違うけど、いつも宿題は家で手伝ってもらってるの?」と
聞いてきたときのショックといったら。
エス氏に手伝ってもらわずに、自力で勉強することをポリシーにしていた私は、
とっても悲しい気持ちになり、「ボイコット」と称して
そのあと何日か学校をさぼりました。
いま思えば大人げないリアクションだったと思いますが、
あのひとことはいまでも忘れられません。

そして、このふたつのエピソードとともに「忘れられない日の記録」に
新たに書き加えられるであろうことが、先週の土曜日に起こりました。

教習所に通いはじめて2週間。
2回の学科教習を終え、先週の土曜日に初めての技能教習がありました。
身近でマニュアルの車を運転していた人と言えば、
20年以上前に亡くなったおじいちゃんくらい。
マニュアル運転を近くで見たことがないし、車に乗っても後部座席専門だった私。
運転席に座る自分も大して想像できないまま当日を迎えたのですが、
想像を上回るほどのひどいスタートで、車を見るのも嫌になってしまいました。
技能教習は生徒3人に先生ひとりがついて、
車でちょっと行ったところにある教習所の施設でありました。
先生が助手席に座って、生徒が1人ずつ順番に教わるのかと思っていたら、
どうやって車をスタートさせるかの説明に続いて
8の字走行など、どんな練習をするか、実際に運転して見せてくれただけで、
あとはそれぞれ車に乗って個別に練習しなさいという感じでした。
基本的なハンドル操作の説明もなく、いきなり一人で運転席に座らされて、
ドキドキしながらエンジンをかけました。
車を動かすことには何とか成功したものの、
うまく自分の練習領域に曲がって入って行くことができず、ずるずると直進、
となりの練習領域を超えて周りにある芝生にまで入ったところで止まりました。
(こう書くと大ごとですが、全部の距離にして15メートルくらいです)
私にしてみれば、ハンドルの操作も教わってないのに、
いきなりひとりで運転してみろなんていやいやいや・・・無理です。
でも、私のところにやってきた先生は、「芝生にまで乗り上げて何やってんだ!」。
初めて運転席に座るという状況に気持ちが影響されたことを伝えると
「だったら車なんて運転しないほうがいい」なんて言うので、
ショックで(恥ずかしながら)涙が出てきました。
ほかの2人はできてるのに何でできないんだとか、
わからないなりにやる私の運転を車外から見て、うまくできてないと両手をあげて
「ちがーーう!」と大声で怒るんです。
運転席に座って、どうしたらいいのかわからず、エンストを繰り返す自分に
本当に情けない気持ちになりました。
ぼっちゃんをいろんなところに連れていってあげるなんて夢のまた夢。
私には車の運転をする素質も資格もないんだと、
「だったら車なんて運転しないほうがいい」という先生の言葉だけが
頭のなかを行ったり来たりしていました。

そのあとなんとか気持ちを取り戻して、できないなりにいろいろ練習しましたが、
助手席に先生が座ることもなく、はじめての技能教習は終了しました。
うちに帰ってからしばらくは、ショックと悲しい気持ちと、
先生に対する恐怖みたいな気持ちで、胸がいっぱいになり、
道を行く車を見ては、みんなにできることが私にはできないんだなと思いました。

もともと思いつめやすく、結論を急いでしまう性格なので、
とにかくこの負のループから脱するべく
周りの人にこのできごとを話してみることにしました。

同じくデンマークに住む日本人のお友達にメールをすると
デンマークで免許を取った人のブログを教えてくれました。
それを読む限りでは、いきなり車に一人で乗る技能教習は
珍しいことではなさそうだということがわかりました。
エス氏の同僚やお義母さんの
「教習所の先生は緊張する生徒を落ち着かせるのも仕事のひとつ」という言葉を聞いて
土曜日の先生はその対極を行くものだったと改めて思います。
ほかにもいろいろな人に話して、だんだん土曜日のできごとは
「先生がひどかったのだ」「ひどい先生にあたってアンラッキーだった」
と思えるようになってきました。

次回の技能教習ではすでに公道を使った走行練習が始まります。
まだまだまともに発車できる自信もないですが、
イメージトレーニングをして、この最悪のスタートの悲しみを払拭できるように
気持ちを切り替えていきたいです。
幸いにも、今度の技能教習からはマンツーマン。
しかも別の先生がついてくれることになっているので、
いろいろいい方向に行くといいなと思っています。

まだゴールは想像できないけれど

とうとうこの日が来てしまいました。
自動車教習所スタートの日。
とにかくいいことだけ考えるようにして、
自分のため、ぼっちゃんのため・・・とにかくやるしかない!と意気込みつつも、
「見えないものに向かうとき 人は誰も孤独」とSOPHIAの歌を思い出したりして。
(ヴィジュアル系ブームにどっぷりつかった世代です)
どんなものか想像できないと、知らず知らずにストレスがたまるもの。
もともと小さいこころのキャパシティが、さらに縮小し、
「なんだかよくわからないけど、すべてがうまくいかない!」と思ってしまう
レベルに達したのは言うまでもありません。
木を見て森を見ず、小さなことにとらわれてしまうこの性分・・・
毎日の生活をいろいろな要素の集合体として寛大に見られるようになりたいものです。

さて、そんなこんなで昨日から始まった教習所。
AT限定のコースはないので、必然的にマニュアル運転の教習を受けることになります。
クラス最年長、アジア人は私ひとり(外国人もたぶん、私ひとり)。
ほかの生徒はみんな、お肌もゆで玉子のようにつるつるな若い子たちばかり!
デンマークでは最近、10年以上運転経験のある大人が同乗すれば17歳でも
車の運転ができるようになりました。
そのため(実際に私のクラスに17歳の子がいるかは不明ですが)17歳になった時点で
教習所に通うことができるようです。
大学生活で、若い子に囲まれるのは慣れているとはいえ、
ヤングのパワーに押されてしまうおばちゃんな私がいるのもまた事実。

そんなクラス事情に加えて、いままで聞いたことのない単語のオンパレード。
学科はPCでの個別学習とクラスの授業の二部構成なんですが、
言葉があやふやなまま動画を見ているので、なんとなくしか理解できません。
一度ちゃんと時間を割いて、単語の意味を調べてリストをつくろうと思います。
さらに学科の試験は、写真を見て、読み上げられた質問に
「はい」か「いいえ」で答える形式なんです。
運転の知識だけでなく、デンマーク語のリスニング能力も問われるので
ただでさえ聞き取りが苦手な私は、すでに試験の日を思っては不安になっています。
(法律の文章って、なぜだかまわりくどく、間接的な表現が多いし・・・)

10日後には技能教習も始まって実際に車に乗ることになります。
運転席に座る自分も、免許を取得できる日も、まだまったく想像できないですが
もう引き返すわけにはいきません。

がんばって免許取るぞーーー!

もどかしさいっぱいの母と子

ぼっちゃんが10ヶ月になった日。
とても自然に、これまでずっとできていたかのように
ぼっちゃんが・・・つかまり立ちをしました!
午前中のお昼寝から起きたようだったので、
しばらく様子をみてからぼっちゃんの部屋に行くと
ベッドに座っていたぼっちゃんが、柵につかまってそのまますくっと立ったんです!
突然のできごとに「あぁ、はいはい・・・えぇ!?」と時間差で驚いた私。
とりあえずもう一度座らせて、携帯で立った様子を動画撮影(笑)。

ずっとほふく前進で、はいはいをする様子がないので
このままはいはいのプロセスは飛ばして立つんじゃないかと思っていたら
その予感が見事に的中しました。
ここ最近は、遊んでいても機嫌が悪いことが多くて、
自分の目線よりも上にあるものばかりを気にするぼっちゃん。
きっと、「したいこと」と「できること」の違いに
もどかしさを感じているんだろうなぁと思っています。

私は私で、ドアを開けたいけど開けてはいけないもどかしさと、日々戦っています。
ぼっちゃんの「ねんトレ」をはじめてからというもの、
「おやすみ」後、ぼっちゃんが寝たかどうかが気になってしょうがないんです。
寝たか、というよりは息をしているかが心配といったほうがより正確でしょうか。
というのも最近、ぼっちゃんはうつぶせ寝がお気に入りのようで。
10ヶ月なら、うつぶせ寝に対してそんなにナーバスにならなくてもいいみたいですが
やっぱり心配なんです。

そんなわけで昨日は、うつ伏せから仰向けに直したときに起こしてしまい、
今日は今日で、そーーーっと部屋に入ったつもりでしたが
気配と床のきしむ音で起こしてしまい。。
うつぶせ寝の心配よりも睡眠妨害を反省したほうがいいありさまです。
起きたばかりのぼっちゃんがどんなふうにしているかも気になるし
(起きてもすぐには部屋に入らず、目が覚めるのを待つようにしています)
小型カメラでも部屋に設置して、別室から様子がうかがえるようにしたいくらいです。