ちょっとリッチになった気分

いまのアパートに引っ越して、今年の夏で2年になります。
広めのベランダがここを選んだ決め手になったにもかかわらず
(デンマークにはベランダがないアパートが多くあります)
大学の勉強に妊婦生活と、バタバタしていて
洗濯ものや布団を干す以外になかなか活用できていませんでした。
今年こそはいい感じにするぞ!と思い立ち、
プランターと大きな植木鉢を買って、4月に葉物野菜やハーブを植えました。
IKEAでテーブルと椅子を買ったのは3月の終わり。
だまーーって見ていると、なーーーんにもしないエス氏に
梱包から出してそのままベランダに放置されている家具のことを
いつだったかの夫婦げんかで指摘したら(笑)、
やっとやっと先週末にテーブルが設置されました。

今日はそんないわくつきだけど、ベランダを「ヒュッゲリ」にしてくれる
テーブルでお昼ごはんを食べました。
ベランダに出ただけで、日常からちょっと離れられるぜいたく!
ベランダは西向きなので、午後からは日差しが容赦なく照りつけます。
紫外線アレルギーのある私には、風呂上がりのビールをベランダで…
なんてもってのほか!(いまの時期、日の入は22時すぎです)
カーディガンにストールで、のんびりランチがちょうどいいです。

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プランターに植えた野菜は、レタス、春菊、そして水菜です。
大きな植木鉢には、ルッコラ、ソラマメなど。
いまはレタスと水菜がぐんぐん育っていて、
今日の夕ごはん、ゆで豚のおともに水菜を使いました。
スーパーで買えないものが、必要なときに必要なだけベランダで手に入るぜいたく!

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お昼にサンドイッチをつくるときにも、さっとベランダに出て
レタスの葉を1、2枚摘んで使ったりします。

このなんとも言えないぜいたくな気分をエス氏に話すと
「うちの実家でも家庭菜園をやってたけど、
 お母さんはリッチになった気がするって言ってたよ」。
あぁ、その気持ちわかる!
「レタスがないなら、ベランダから摘んでくればいいじゃない」ってことですね。
リッチ、リッチ。
生産者の顔が見えるどころか、自分自身というのもまたよし。

数年前は市民農園で野菜を育てていたのですが、通うのが億劫になってしまって。
ベランダミニガーデンなら楽しく無駄なく野菜を植えられそうです。
来シーズンはデンマークでは買えない大好物、青しそも植えようと思います。

はじめての言葉・・・?

1歳の誕生日まで1ヶ月を切ったぼっちゃん。
お誕生日会も料理のメニューを決めたり、少しずつ準備をしています。
10ヶ月でつかまり立ちをするようになってからは
発達が目覚ましく、表情も豊かになりました。
笑いかけると笑い返してくれるのが、母の私にはとてもうれしいです。
もともと自分に自信がない私は、子育てにも自信が持てなくて
だから、ぼっちゃんが私のことをどう捉えているのかもわからなくて、
これまでどこか不安を抱えながらやってきました。
でも、そんな気持ちがぼっちゃんの笑顔で、スーッとなくなっていったんです。
母になって11ヶ月、やっとやっと純粋にぼっちゃんがかわいくて仕方がない!と
思えるようになりました。
いたずらをするぼっちゃんにも、「もうっ!」と思うことはあっても
これまでのように本気でイライラしたりしなくなりました。
親子の関係は、「親が子を育てる」だけでなく、
「子が親を成長させる」ものでもあるんだなと思うこのごろです。

さて、私はぼっちゃんに日本語で話しかけています。
エス氏はかんたんな日本語はできるので、デンマーク語と日本語。
ぼっちゃんのはじめての言葉がデンマーク語になるのか、それとも日本語か、
日本語だったらいいなと思いつつ、答えが出る日を楽しみにしていました。

エス氏が「ぼっちゃん、自分の名前を言ってる」と言ったのはつい数日前のこと。
よくよく聞いてみると、たしかに自分の名前を言っているように聞こえます。
ただ、なんの脈絡もなく言っているので、
おそらくたまたま覚えたのが自分の名前だっただけなのかもしれません。
名前は、ほかの言葉よりも聞く機会も圧倒的に多いし、
短い名前なのでそれも関係していそうです。

これをはじめての言葉と定義するなら
「はじめての言葉が日本語かデンマーク語か」の答えは、日本語になります。
というのも、ぼっちゃん自分の名前を「くん」づけで言っているんです!
意味も分からず、自分の名前を言いながら遊ぶぼっちゃん・・・かわいいっ!
保育園に通いはじめたら、デンマーク語を聞く機会がいまよりぐっと増えますが
日本語を話してくれるようになることを祈るばかりです。

たぶん忘れられない日になる

デンマークに引っ越して、この夏で5年になります。
「デンマーク=夢の国」と、デンマークのすべてがキラキラして見えたのもいまは昔、
北欧礼賛と言わんばかりにキラキラがあふれたデンマーク紹介を見て
「へんっ!」と思うことも多々。
住めば都とは言いますが、住んでいるからこそ見えてくるものってたくさんあります。
うれしい日も悲しい日もある。
デンマークでの毎日がすばらしいと思うときも、最低だと思うときも。

この5年弱を振り返って、あまりのつらさでいまだに忘れられない日があります。
ひとつは義理のお姉さんのバチェラーパーティー。
デンマークに来てすぐのことで、言葉もままならないまま
主役のお義姉さんしか知らないところにポンと放り込まれました。
もちろん言葉の壁にぶつかり、何が起こっているかもわからないのに
みんなと同じように笑って、楽しいふりをしたあの日は
いまでも思い出すと、なんともいえない気持ちになります。
もうひとつは、デンマーク語の語学学校に通っていたときのこと。
その日はおなかが痛くて、授業で書いた作文にも間違いが多くありました。
それを見た先生が
「いつもの作文と出来が違うけど、いつも宿題は家で手伝ってもらってるの?」と
聞いてきたときのショックといったら。
エス氏に手伝ってもらわずに、自力で勉強することをポリシーにしていた私は、
とっても悲しい気持ちになり、「ボイコット」と称して
そのあと何日か学校をさぼりました。
いま思えば大人げないリアクションだったと思いますが、
あのひとことはいまでも忘れられません。

そして、このふたつのエピソードとともに「忘れられない日の記録」に
新たに書き加えられるであろうことが、先週の土曜日に起こりました。

教習所に通いはじめて2週間。
2回の学科教習を終え、先週の土曜日に初めての技能教習がありました。
身近でマニュアルの車を運転していた人と言えば、
20年以上前に亡くなったおじいちゃんくらい。
マニュアル運転を近くで見たことがないし、車に乗っても後部座席専門だった私。
運転席に座る自分も大して想像できないまま当日を迎えたのですが、
想像を上回るほどのひどいスタートで、車を見るのも嫌になってしまいました。
技能教習は生徒3人に先生ひとりがついて、
車でちょっと行ったところにある教習所の施設でありました。
先生が助手席に座って、生徒が1人ずつ順番に教わるのかと思っていたら、
どうやって車をスタートさせるかの説明に続いて
8の字走行など、どんな練習をするか、実際に運転して見せてくれただけで、
あとはそれぞれ車に乗って個別に練習しなさいという感じでした。
基本的なハンドル操作の説明もなく、いきなり一人で運転席に座らされて、
ドキドキしながらエンジンをかけました。
車を動かすことには何とか成功したものの、
うまく自分の練習領域に曲がって入って行くことができず、ずるずると直進、
となりの練習領域を超えて周りにある芝生にまで入ったところで止まりました。
(こう書くと大ごとですが、全部の距離にして15メートルくらいです)
私にしてみれば、ハンドルの操作も教わってないのに、
いきなりひとりで運転してみろなんていやいやいや・・・無理です。
でも、私のところにやってきた先生は、「芝生にまで乗り上げて何やってんだ!」。
初めて運転席に座るという状況に気持ちが影響されたことを伝えると
「だったら車なんて運転しないほうがいい」なんて言うので、
ショックで(恥ずかしながら)涙が出てきました。
ほかの2人はできてるのに何でできないんだとか、
わからないなりにやる私の運転を車外から見て、うまくできてないと両手をあげて
「ちがーーう!」と大声で怒るんです。
運転席に座って、どうしたらいいのかわからず、エンストを繰り返す自分に
本当に情けない気持ちになりました。
ぼっちゃんをいろんなところに連れていってあげるなんて夢のまた夢。
私には車の運転をする素質も資格もないんだと、
「だったら車なんて運転しないほうがいい」という先生の言葉だけが
頭のなかを行ったり来たりしていました。

そのあとなんとか気持ちを取り戻して、できないなりにいろいろ練習しましたが、
助手席に先生が座ることもなく、はじめての技能教習は終了しました。
うちに帰ってからしばらくは、ショックと悲しい気持ちと、
先生に対する恐怖みたいな気持ちで、胸がいっぱいになり、
道を行く車を見ては、みんなにできることが私にはできないんだなと思いました。

もともと思いつめやすく、結論を急いでしまう性格なので、
とにかくこの負のループから脱するべく
周りの人にこのできごとを話してみることにしました。

同じくデンマークに住む日本人のお友達にメールをすると
デンマークで免許を取った人のブログを教えてくれました。
それを読む限りでは、いきなり車に一人で乗る技能教習は
珍しいことではなさそうだということがわかりました。
エス氏の同僚やお義母さんの
「教習所の先生は緊張する生徒を落ち着かせるのも仕事のひとつ」という言葉を聞いて
土曜日の先生はその対極を行くものだったと改めて思います。
ほかにもいろいろな人に話して、だんだん土曜日のできごとは
「先生がひどかったのだ」「ひどい先生にあたってアンラッキーだった」
と思えるようになってきました。

次回の技能教習ではすでに公道を使った走行練習が始まります。
まだまだまともに発車できる自信もないですが、
イメージトレーニングをして、この最悪のスタートの悲しみを払拭できるように
気持ちを切り替えていきたいです。
幸いにも、今度の技能教習からはマンツーマン。
しかも別の先生がついてくれることになっているので、
いろいろいい方向に行くといいなと思っています。

まだゴールは想像できないけれど

とうとうこの日が来てしまいました。
自動車教習所スタートの日。
とにかくいいことだけ考えるようにして、
自分のため、ぼっちゃんのため・・・とにかくやるしかない!と意気込みつつも、
「見えないものに向かうとき 人は誰も孤独」とSOPHIAの歌を思い出したりして。
(ヴィジュアル系ブームにどっぷりつかった世代です)
どんなものか想像できないと、知らず知らずにストレスがたまるもの。
もともと小さいこころのキャパシティが、さらに縮小し、
「なんだかよくわからないけど、すべてがうまくいかない!」と思ってしまう
レベルに達したのは言うまでもありません。
木を見て森を見ず、小さなことにとらわれてしまうこの性分・・・
毎日の生活をいろいろな要素の集合体として寛大に見られるようになりたいものです。

さて、そんなこんなで昨日から始まった教習所。
AT限定のコースはないので、必然的にマニュアル運転の教習を受けることになります。
クラス最年長、アジア人は私ひとり(外国人もたぶん、私ひとり)。
ほかの生徒はみんな、お肌もゆで玉子のようにつるつるな若い子たちばかり!
デンマークでは最近、10年以上運転経験のある大人が同乗すれば17歳でも
車の運転ができるようになりました。
そのため(実際に私のクラスに17歳の子がいるかは不明ですが)17歳になった時点で
教習所に通うことができるようです。
大学生活で、若い子に囲まれるのは慣れているとはいえ、
ヤングのパワーに押されてしまうおばちゃんな私がいるのもまた事実。

そんなクラス事情に加えて、いままで聞いたことのない単語のオンパレード。
学科はPCでの個別学習とクラスの授業の二部構成なんですが、
言葉があやふやなまま動画を見ているので、なんとなくしか理解できません。
一度ちゃんと時間を割いて、単語の意味を調べてリストをつくろうと思います。
さらに学科の試験は、写真を見て、読み上げられた質問に
「はい」か「いいえ」で答える形式なんです。
運転の知識だけでなく、デンマーク語のリスニング能力も問われるので
ただでさえ聞き取りが苦手な私は、すでに試験の日を思っては不安になっています。
(法律の文章って、なぜだかまわりくどく、間接的な表現が多いし・・・)

10日後には技能教習も始まって実際に車に乗ることになります。
運転席に座る自分も、免許を取得できる日も、まだまったく想像できないですが
もう引き返すわけにはいきません。

がんばって免許取るぞーーー!

もどかしさいっぱいの母と子

ぼっちゃんが10ヶ月になった日。
とても自然に、これまでずっとできていたかのように
ぼっちゃんが・・・つかまり立ちをしました!
午前中のお昼寝から起きたようだったので、
しばらく様子をみてからぼっちゃんの部屋に行くと
ベッドに座っていたぼっちゃんが、柵につかまってそのまますくっと立ったんです!
突然のできごとに「あぁ、はいはい・・・えぇ!?」と時間差で驚いた私。
とりあえずもう一度座らせて、携帯で立った様子を動画撮影(笑)。

ずっとほふく前進で、はいはいをする様子がないので
このままはいはいのプロセスは飛ばして立つんじゃないかと思っていたら
その予感が見事に的中しました。
ここ最近は、遊んでいても機嫌が悪いことが多くて、
自分の目線よりも上にあるものばかりを気にするぼっちゃん。
きっと、「したいこと」と「できること」の違いに
もどかしさを感じているんだろうなぁと思っています。

私は私で、ドアを開けたいけど開けてはいけないもどかしさと、日々戦っています。
ぼっちゃんの「ねんトレ」をはじめてからというもの、
「おやすみ」後、ぼっちゃんが寝たかどうかが気になってしょうがないんです。
寝たか、というよりは息をしているかが心配といったほうがより正確でしょうか。
というのも最近、ぼっちゃんはうつぶせ寝がお気に入りのようで。
10ヶ月なら、うつぶせ寝に対してそんなにナーバスにならなくてもいいみたいですが
やっぱり心配なんです。

そんなわけで昨日は、うつ伏せから仰向けに直したときに起こしてしまい、
今日は今日で、そーーーっと部屋に入ったつもりでしたが
気配と床のきしむ音で起こしてしまい。。
うつぶせ寝の心配よりも睡眠妨害を反省したほうがいいありさまです。
起きたばかりのぼっちゃんがどんなふうにしているかも気になるし
(起きてもすぐには部屋に入らず、目が覚めるのを待つようにしています)
小型カメラでも部屋に設置して、別室から様子がうかがえるようにしたいくらいです。

私は「タイプ1」の人間

明日で10ヶ月になるぼっちゃん。
今日は初めてストローで水を飲めました!
本人もストローから水が出てきたことにビックリしたのか、
飲めた瞬間、あれ!?という顔をしていました。
近いうちにストローボトルをお店で見てみようと思います。

さて先日、エス氏と会話の中から気になったことがあって
インターネットで調べていたら、芋づる式というか数珠つなぎ的な流れで
ある性格診断にたどりつきました。
もともと心理テストとかそういう類が好きな私。
質問が90もあるのも気にせず、早速トライしてみました。
結果は「タイプ1」。
「うーん?」と首をかしげる結果が出る多かったこれまでとは違って
今回は占いじゃないけど・・・当たってる!的を射てる!
やったテストは「エニアグラム」というもの。
どれだけ知られているものなのかはよくわかりませんが
それぞれのタイプの解説をしているデンマーク語のサイトがあったので
結果に感動した私は、それをエス氏にも伝えたくて解説を音読(うざい)。
デンマーク語の解説のほうがさらにしっくりきて、
その当たりっぷり(占いじゃないです)に思わず笑ってしまうほど。
と同時に、少しだけホッとしている自分もいました。

カウンセリングに通うようになり、ぼっちゃんが生まれ、
ここ最近の私は自分がストレスを感じていることにストレスを感じていました。
細かいことが気になって、いつでも先のことの計画を立てないといけなくて
やりたいと思っていることも、いつのまにかやらなくちゃいけないことになって。
リラックスするとか、趣味の時間ってなんだろう
だらだらとリラックスの違いがわからない・・・
どうして自分はゆったりできないんだろうと思えば思うほど、
それがストレスになっていきました。
みんなができていることが自分にはできない・・・そう思うようになっていたのが
デンマーク語の「タイプ1」の説明を読んでから
私は「タイプ1」のひとりだ、と思えるようになり、肩の力がスッと抜けました。
人はユニークでありたいと思う一方で、みんなと同じでもありたいもの。
自分の性格が一般化できるものだということに、私はとても安心しました。
そして、自分の長所・短所を改めて見つめ直すいいきっかけにもなりました。

子どもを育てることは自分と向き合うこと

最近のぼっちゃんは、拍手ができるようになり、
人差し指を差し出すと、人差し指を合わせてくれるようになりました。
まるでET!
Billedresultat for ET

私はひとりで"ET phone home!"なんて言ってはしゃいでいます。
表情も豊かになり、いやなことはいやだと拒否するし、
電気のコードとか、触っちゃだめ!と言っているものを触ろうとするときには
チラッと私たちのほうを見てから、ずりずりとコードのほうに向かったり。
ぼっちゃんも、すこしずつ一人の人間になっているんだ、と実感します。

そんなふうに思う背景には、先日のカウンセリングがあります。
デンマーク移住、周りの環境の変化、こどものころのこと・・・
さまざまなことからくるストレスで不安症状に悩むようになり、
2年ほど前から通っているカウンセリングは
不安症状の改善だけでなく、子育てや毎日の暮らしで感じた
つらい気持ちを軽くするのにも役立っていて、ほんとうに助かっています。

「私はいいお母さんなんかじゃない」
「ぼっちゃんは私のことをどんなふうに見ているのか、不安になる」

そんなふうに思ってしまってつらいときがあることを
カウンセラー(心理士)さんに話すと
「いくら親子といえど、ひとりの人間同士。
 ぼっちゃんが小さなひとりの人間として成長しているいま
 親であるあなたも、ぼっちゃんとの関係を築くプロセスのなかにあるんですよ。
 知り合ったばかりの人同士が、お互いにどう思われているかを気にするのは
 とても自然なこと。親子のあいだでもそうです」。
この答えを聞いて、胸がスッとしました。
同時にぼっちゃんに対して感じていたこの気持ちを
自分の周りのほかの人に対しても感じていた自分に気がつきました。

自分の性格を考えて、少しでも子育てが楽になるように工夫したり、
自分の子どものころを、自分の子どもに重ねてみたり、
子育ては自分と向き合って、自分を知っていくことでもあるんだと
ここ最近はしみじみ思います。