さくちゃんがわが家にたどり着くまで その1

さくちゃんが生まれたのは金曜日の早朝。
生まれた当日は、ぼっちゃんはエス氏のお兄さんの家にお泊りして
エス氏も病院に泊まり、翌日の土曜日に家に帰りました。
私はさくちゃんと病院でふたりきりの時間を過ごしつつ、
母乳が出るようになるためのサポートを受けていました。
前回の出産では帝王切開だったので、
出産直後の時間をぼっちゃんと離れて過ごしました。
そして、生まれたぼっちゃんも肺の機能が万全でなく、新生児病棟に入院。
思わぬ家族3人生活のスタートに「こんなはずじゃなかった」と思い
悲しい気持ちになる日々が続きました。
今回は出産直後からさくちゃんとべったり。
出産前は女の子の親になることに少しだけ不安がありましたが、
すぐにいい関係が築けるという思いがわいてきました。


日曜日。
赤ちゃんがいる生活ってそういえばこんな感じだったわぁと、
寝不足と産後の疲れでよたよたしつつも、さくちゃんとの時間を満喫。
ときどき看護婦さんが病室に来て、授乳の様子をチェックしてくれました。
前回よりも母乳の出がよくなりそうな手応えも感じ、
いろいろ順風満帆だと思っていました。
その日の午後、泣いているさくちゃんをあやしていると、看護婦さんが来ました。
「なんだか呼吸の感じが変だから、別の看護婦を呼んでくるわね」と看護婦さん。
呼ばれてやって来た看護婦さん、さくちゃんの様子を見るなり、
「これはちょっと」という感じであわててさくちゃんを抱き上げ、
酸素マスクのある部屋へ連れて行きました。
一気に青白くなっていくさくちゃん。状況についていけずパニックになる私。
看護婦さんの呼ばれてやってきたお医者さんお医者さんに抱っこされて
さくちゃんは新生児病棟に連れていかれました。
保育器に入れられ、ぼっちゃんと同じく鼻に呼吸補助のcpapをつけられたさくちゃん。
保育器を囲むようにしてお医者さん、看護婦さんが4、5人くらいいたでしょうか。
さらにはレントゲンの技師さんもやってきて、
私は状況を把握したような、していないような。。。
とにかく看護婦さんに電話してもらって、
エス氏にも病院に来てもらうことにしました。
当初は、気管か肺が感染症にかかったか、気管に異物が入ったかの
どちらかだろうという説明をお医者さんから受けました。
ところがエス氏が来て、改めてお医者さんから説明を受けると、
心臓をもう少し詳しく検査したほうがいいとのこと。
しかも詳しい検査はもう少し設備の整ったオーデンセの大学病院でするので、
さくちゃんを救急車で移送するというのです。
思ってもいなかったお医者さんに言葉に、びっくりした私たちですが、
まだ心臓に問題があると決まったわけじゃないし、
念のための検査だろうと、お互いに言い聞かせて、オーデンセへ向かいました。

午後11時すぎ、病院が用意してくれたタクシーでオーデンセの病院に着くと、
先に救急車で搬送されていたさくちゃんの検査はすでに終わっていました。
まもなくして検査をしたお医者さんと話をすると、
「心臓に疾患があるので、コペンハーゲンの大学病院で手術を受ける必要があります」。
私もエス氏も、まさかと思っていた展開にショックで涙が出ました。
夜中のうちに、さくちゃんはコペンハーゲンの病院へと救急車で搬送されました。
日付も変わった午前3時、再びタクシーに乗り込み、
私たちもコペンハーゲンに向かいました。
産後3日目に徹夜でデンマークの病院をはしごするなんて、
出産直後は想像もしていませんでした。
今回はすべてが順調に、そして普通に進んでいると思っていたのに。。。。
コペンハーゲン大学病院のNICUに着くと、
看護婦さんやお医者さんがさくちゃんの受け入れでバタバタしていました。
ひと段落ついて、眠気にどっと襲われた私たち。
布団を用意してもらって、休憩室のソファで数時間仮眠をとりました。