さくちゃんがわが家にたどり着くまで その2

3時間ほど仮眠をとり、さくちゃんの病室に戻った私たち。
オーデンセの病院で検査を受けてはいましたが、
担当の先生たちが改めて心臓のエコー検査をして、病状を説明してくれたり
付き添い入院のための事務的な手続きについて話を聞いたり、
とにかく「スリーピーヘッド」な私たちには処理しきれないほどの情報が
怒涛のように押し寄せてきました。
何が起こっているかはわかっている、
でも、これがほんとうに目の前で起こっていることなんだ
という実感はいまひとつないまま、入院1日目は過ぎていきました。

翌日、病室のベッドで目を覚ました私。
目が覚めてもまだ「ここ」にいる・・・
これは夢じゃなくて現実なんだということを
ここで初めて実感をもって理解した私は、
言葉にはならないほどの悲しみ、落胆の気持ちに襲われ、涙が出てきました。
同時に、こころのなかでふたをしたまま置き去りにしていた、
ぼっちゃん誕生直後の入院生活のときの記憶や思いも一気に蘇り、
病院、看護婦さんとのやりとりなどすべてに対して
こころのアレルギー反応のようなものが出てきてしまいました。
看護婦さんが座ってじっくり話を聞いてくれ、
いったん気持ちを落ち着けることができましたが、
産後の疲れ、徹夜の疲れ、移動の疲れ・・・不安な気持ちを抱えた状態で
超ポジティブになれるほど、私は楽天的ではないので、
1歩進んで2歩下がるような心の状態が続きました。

さくちゃんの肺動脈狭窄という疾患は、先天性心疾患としてはよくあるものらしく
カテーテルとバルーンを使った肺動脈の拡張手術の段取りもすぐに立てられました。
ぼっちゃんのときは退院するまでに半月かかったけれど、
今回は手術がうまくいけばすぐに退院できそうだ、という印象を
先生の説明から受け、それをこころの励みに手術の日を待ちました。
そして入院4日目の木曜日、さくちゃんは生後6日、カテーテル手術を受けました。
手術中は病院にいないほうがいいという、先生と看護婦さんのすすめもあって
私とエス氏は病院に隣接している患者とその家族向けのホテルの部屋で休憩。
いま振り返れば「その状況で・・・!?」と思うのですが、
とにかく疲れていた私たちは、文字通り爆睡してしまいました。

数時間後、病院から連絡があり病室に戻ると
まだ麻酔から目覚めていないさくちゃんがいました。
看護婦さんから簡単に手術の経緯などの説明を受け、
そのあと先生からも説明を受けました。

一夜明け、心臓科の先生がエコー検査をして、
とくに大きな問題がないことを確認すると
その日のうちにNICUから小児心臓科の一般病棟に移ることになりました。
一般病棟で数日様子をみて、今後のことを決める、という段取りだったと思います。
一般病棟に移り、看護婦さんにキッチンや洗濯機などの設備の説明を受けていると
さくちゃんがぐずりだしました。
はじめはあらら・・・となだめていたのですが、
そのうちに呼吸が少し乱れてきている気がしてきました。
でも、看護婦さんのほうを見ても、明るく説明を続けているので
「きっと私の思い過ごし。センシティブになっているだけなんだ」
そう思って説明を聞いていました。
ほどなくして看護婦さんが病室から出ていくと、
やっぱり日曜日のあのときみたいな呼吸の仕方・・・おかしい。
疑問が確信に変わり、
エス氏に看護婦さんを呼んでもらって診てもらいました。
「そうねぇ、たしかにこんなふうに呼吸をずっとしているのは変ね。
 先生を呼んできます」。

日曜日のあのときの展開の速さを覚えている私は、
「のんきにしてないで早く先生を!!」とこころのなかで叫んでいました。
ところがやってきた先生(余談ですが若くてロン毛でさわやかな先生でした)も、
にこにことあいさつ&自己紹介、ついでに握手なんかしてきたので
「そんなことより私の赤ちゃんを見てください!」
「それとも私がひとりであせってるだけ??」
そんな気持ちがごちゃまぜになった状態で診察の様子をみていました。

「うちの病棟で受け入れられるほど、状態が安定していないので
 NICUに戻ってもらうことになると思います。
 私はこの子のことをよく知らない(=診たことがない)ので
 とりあえず、向こうの科の先生に連絡を取ってみます」
そんな説明を聞いているうちに、さくちゃんはどんどん青白くなっていきます。
先生が看護婦さんに酸素マスクの用意をさせて、
いつのまにか泣くことも、コンコンとおかしな呼吸もすることもしなくなり
ぐったりとしているさくちゃんに酸素マスクを当てました。
先生がマスクをあててくれたときの、ひとまずの安心感は忘れられません。

そうこうしているうちにNICUの先生たちと看護婦さん、レントゲン技師の人たち、
心臓のエコーをとる先生、病室に収まりきらないほどの人と機械が
小さなさくちゃんの周りを囲んでいきました。
私たちは「手術をして元気になっていくはずなのに、なんで?」という
困惑で頭がいっぱいでした。
さくちゃんは一般病棟からNICUへ逆戻り。
扉が閉まった病室の外で、なかの様子をうかがい知ることもできずに
病室を出たり入ったりする看護婦さんたちを眺め、
ただ座って待つことしかできない無力感は筆舌に尽くしがたいです。

突然の事態から3時間くらいたったころ
すべての検査と処置が終わり、重篤な状態ではないことを先生から告げられました。
ただ、体が休息を必要としている、という理由で、薬で人工的に昏睡状態にし、
人工呼吸器で呼吸を補助することになりました。

人工呼吸器をつけている、ということは声は聞こえないということ。
昏睡状態、ということは目も閉じたままだということ。
担当の看護婦さんからは、少なくとも2週間は入院すると思ったほうがいいと
知らされました。

1週間以上前に保育園で「またね」と言ったきりの
ぼっちゃんに会えるのはいつなんだろう。
家から遠く離れたこんなところに来てしまって、
ぼっちゃんをますます遠くに感じる私は、
言葉ではうまく言い表せない、静かで深く、暗い悲しみに襲われました。