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ぼっちゃん誕生までの道のり 1

陣痛が始まったのは予定日だった6月30日木曜日の午後。
陣痛がきたらちゃんとわかるのか、ずっと不安に思っていたのが不思議なくらい
「あ、これは陣痛だ」と弱い痛みを感じはじめてすぐに思いました。
妊娠中、調子が悪いときはエス氏に買い物をお願いしていましたが
「これを逃したら、しばらくはふたりきりで出かけられないかも」と思い、
痛いお腹をさすりつつ、歩いて10分のスーパーまで一緒に出かけました。
出産前最後の夕飯はひじきとベーコンのスパゲッティ。
このときはまだ家事をしたりシャワーを浴びる余裕がありました。

日付が変わって7月1日になったころ、陣痛が7分間隔くらいになりました。
病院からは陣痛が5分間隔になったら連絡するようにと、事前に言われていましたが
これがほんとうに陣痛なのか、これからどうしたらいいかを聞きたくて病院に電話。
助産師さんには、いま感じている痛みは陣痛だというお墨付き?をもらい
「とにかくいまのうちによく眠って休んでください」という言葉に従って
ひとまず寝ることにしました。

明け方から痛みがかなり増してきて、眠りも浅くなりました。
ベッドにずっといるのもなんだかいやだったので、朝になってリビングに移動するも
もうこのころになると、てきぱき動ける状態でもなく、朝ごはんをちょっとつまんだり
テレビを見たりして、痛みに集中しすぎないようにしていました。
とはいっても、やっぱり痛い。そうこうしているうちに午前中は過ぎていきました。

お昼ごろに病院に再び電話。
痛みが強いことを訴えましたが、陣痛が5分間隔じゃない、ということで
まだしばらく家で様子をみるように言われ
いつになったら病院に行けるのか少し不安になりました。
その後は陣痛の間隔はそのままに、痛みだけが強くなり、
午後3時ごろ「もう痛みに耐えられないので今から向かいます」と病院に連絡をして、
タクシーで病院に向かいました。
(このときは長期間、家を空けることになるとはつゆにも思わず・・・)

病院に着いたらまず内診。
「子宮口も1cmしか開いていないし、いったん家に帰ってもらうかも...
それか、近くのショッピングモールまで散歩して、ついでに食事でもしてくるとか?」
という助産師さんの言葉にエス氏とともに唖然とし、
病院に行っても状況次第で家に帰されると、聞いたことはありましたが
まさかこの状況でその言葉を聞くとは!
「帰りたくありません!痛いんです!」と必死に自分の状態を訴えました。
かなり痛みが強いのは、助産師さんも陣痛計からわかったようで
「たしかにこの段階にしては痛みが強いわね。このままここにいてもらいます」。
このときには、もう酸素マスクがないと呼吸がうまくできないくらいの痛みでした。

その後、痛みはさらに強まるばかり。
午後6時ごろ、分娩の前段階で体力を消耗しすぎたらいけないということで
痛み止めのモルヒネを打って少し休むことになりました。
痛み止めの薬は打たず、温めたクッションを当てたりして
自然な痛み緩和だけで出産したいと思っていた気持ちもくじけるほど
すでに心身ともに疲れていました。
痛み止めを打っても、痛みが完全に消えるわけではなく
また、休むといってもとぎれとぎれにしか眠ることはできません。
何が起こっているのか、これから何が起こるのか、よくわからないまま、
さらに時間は流れ、気がつくと日付が変わっていました。
病院に着いたときには、「ぼっちゃんは7月1日生まれになるね」なんて
エス氏と話していたのが、なんと気楽なことだったのか思い知るほど
7月2日になってからも出産までの長い道のりは続くのでした・・・。